デブリの回収
生活にいろいろ変化があって(言い訳)、
すっかりほったらかしにしていたポータルですが
「キャストライフ」
http://taichistereo.dyndns.ws/podcast/
いちお復旧しました。
また知らない間にサーバー落ちてた。とにかくマシン新調しないと話にならなくなってきたみたい。HDD変な音してるし。
年内にロードマップを改訂して、出直します。
新サービスのほうも実行に移さないとね。このタイミングでなら勝機はまだある。遅れたら負けかなと思ってる。
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「言葉遣いそのものが思想を裏切っている」
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僕は何故、文筆のほうへと進路を採らなかったのだろうか。そんなことを考えたのは、久しぶりに風呂の中で読書してみたからかもしれない。
修辞法にしろストーリーテリングにしろ、たしかに僕は一定の何かをつかみかけていた。それが相対的にはあんまり大したもんではなかったとしても、僕個人はある一定の自信を、気概を、活路を、ついでにちょっとした結果も、キープしていた。少なくともそのつもりでいた。
それでも僕が今こうして、とても一言では言えない方向に舵を執っているのは、単に僕が臆病だったからだ。
それが僕の<熊の場所>だ。
恐れを克服するには、すぐその場に引き戻さなければならない。そんな場所。
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臆病のせいで色んなものを失ったのかもしれない。文筆力もしかり。
でも今の僕にはもっと新しくてもっと巨大な、熊の場所がある。それが組織という場所であり、生産性であり、収益性であり、さらにいえば「まっとうな生活」という場所である。この国の多くの人がそうであるような「雇用者」であり「労働者」であり「オーバーワークで社会を駆動させているところの搾取される層」である。
と、ここまで書くと我ながら気が滅入るが、実際には世の中にはいろんな人がいる。そこまでみんな推しなべてサラリーマンやっているわけではもちろんない。そのくらいの見識は持ち合わせている。率直に言って、浮浪者-ニート-ホワイトカラー-経営者の差はほとんどないとさえ思っている。
要するに、僕以外の人は僕以外のやり方で何かを何とかやっいる。で、僕もそのなかの一人である、というのは別に矛盾した言葉遣いではない。僕も他者と同じように、任意の超越性(=矢印)なのだから。
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何だかとんでもない一週間だった。実に負けが込んだ一週間であった。明晰さと忍耐とが足りないんだよ。一言で言えば<根性>ってやつだ。
あとついでにお金もない。こんなにお金ないナイと言ってるうちは絶対にモテないよなぁ。お金がたんまりあっても去年なんかはモテゼロだったわけだけど。そんな僕をなぐさめてくれるのは今日も「苺ましまろ」の美羽ちゃんだったりするわけだ。ぐえ。
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オエー。
しかしこれが僕の現時点である。スリリングで、毎日ヒリヒリする。でもちっともかっこよくない。
とりあえずこの冬二度目の風邪から復活した僕は、窓の隙間をすべてガムテープで塞ぐという神経質なまでの寒さ対策に乗り出した。さよなら体調不良!
そして手料理に酢をガンガン注いで、むやみにリフレッシュ。これが生命の息吹だ!(おちょぼぐちで)
ToDoがいい感じにたまってきてるので、やることリストを新しく作ろうというところ。これだけで数時間掛かりそうだ。明日のあさ銀行に寄って、喫茶店行って、そんで考える時間がほしい。5フンダケデモイイ〜
久しぶりにちょっと立ち止まりたい気分だ。
2フンダケデモイイ〜